印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |

 

より良い矯正治療の普及のために -Good Orthodontic Treatment Always-

日本矯正歯科専門医名鑑 
Japan Super Orthodontists
 

日本矯正歯科専門医名鑑制作委員会

 

 


WWW を検索 日本矯正歯科専門医名鑑を検索
 

日本矯正歯科学会専門医課題症例(第8症例)

カテゴリー:早期治療症例

出題基準:乳歯列期もしくは混合歯列期から開始し、2段階で治療が行われたもので早期治療の意義がある症例。

出題の意味:骨格に異常が認められる咬合異常は、乳歯列であっても矯正治療の対象となる場合がある。放置された場合、将来的に外科矯正になるようなケースでも、適切な矯正治療で外科を回避することができる。そのような顎整形力を駆使した矯正治療例を提示する課題である。「早期治療の意味がある」という条件が付いているのは、ただ小さい時から見ていただけというのではだめで、小児期の治療をするかしないかで大きな違いが生じるようなケースでなければ対象にならないという意味である。
 例としては、上顎前方牽引を小児期に行って骨格性反対咬合を改善したものとか、ヘッドギヤで上顎前突を改善したケースなどが考えられる。

初診時




初診時年齢:5歳10ヵ月の女性

主訴 “近所の歯科医でこのままでは受け口になると指摘されたので治してほしい”

現病歴(口腔および全身)
 乳歯列期には特に異常は感じなかった。近所の歯科で定期診察時に受け口であることを指摘され、紹介状をもって来院した。成長と共に下顎が前に出てきたように感じているという。(両親談)
家族歴
 母方祖父が受け口であるという。母親は反対咬合ではないが、叢生でやや受け口気味である。

顔貌所見
側貌:側面タイプはコンケーブタイプで、中顔面の陥凹感がある。

正貌:ほぼ左右対称で特記事項はない。

頭部X線規格写真所見
側面(Skeletal PatternおよびDenture Pattern):SNA75.3と-2SDを超えて小さく、SNBは標準的、ANBは0.7でやや小さい程度であったが、Witsの評価で-8.3と、咬合平面を基準としてみると明らかに上下顎骨の相対的な位置関係に異常がある。S’-Ptm’、A’-Ptm’が小さく、Gn-Cd、Pog’-Go、Cd-Goが大きいことから上顎劣成長と下顎過成長による骨格性下顎前突症と判断した。上顎前歯は平均的な角度であるが、下顎前歯は唇側傾斜気味でデンタルコンペンセーションは顕著でなかった。Eラインを基準として口唇の突出度を評価すると、上唇で+2.5mm、下唇で+3.0mmで、側面の軟組織プロファイルの状態はよくなかった。

正面(左右の対称性など):正面像には特に異常は認められなかった。

その他の所見
 問診によると下顎中切歯交換前は、乳中切歯と乳側切歯感に隙間があったということである。上顎乳歯列には全く空隙がみられないので、永久歯列期における強いスペースディスクレパンシーが予想された。手指骨のレントゲンによる骨成熟度は35%であった。初診時には第二大臼歯までの歯胚は確認できた。治療協力度に関しては、本人には矯正の必要性そのものがまだ理解できない段階であったが、ご両親は大変熱心で長期間に及ぶ治療の必要性をよく理解されていた。嚥下時には常に上下前歯の間から唇側に突き出してくる状況で、典型的な幼児性嚥下癖がみられた。永久歯への交換が進んでも自然消失しない場合には、治療の必要があると判断した。


診断(プロブレムリスト)
 1 上顎劣成長および下顎過成長による骨格性下顎前突症。
 2. 永久歯萌出時の将来的な空隙不足。
 3. 幼児性嚥下癖。
 4. 骨成熟度が低いため治療による成長発育の変化が期待できる。

治療中


治療に使用した装置
・上顎前方牽引装置、リンガルアーチ、床矯正装置、マルチブラケット装置など

治療方針:
1. 上顎の成長促進および下顎の成長抑制。
2. 必要があれば幼児性嚥下癖の解消。
3. 上下前歯の適切な歯軸の獲得とアングルⅠ級大臼歯関係の確立。


治療経過と使用装置
 1990-7-27相談の結果、本人の精神的成長を待って治療開始することとなり、一年経過観察したが状態はさらに悪化したため、1991-8-30チンキャップによる下顎成長抑制を始めた。1992-4-16上顎6番の萌出を確認、上顎にリンガルアーチをセットし、上顎前方牽引装置による上顎成長の促進を開始した。一年継続後、十分被蓋が改善したので前方牽引を一時中止し、幼児性嚥下癖の治療としてクリブプレートを装着した。1995-11-24上顎右側6番が左側に対して近心にきているため、遠心移動のためのアクティブプレートをセット、途中セクショナルアーチに変えて右上側方歯の遠心移動を行った。
 1998-9-10再診したところ叢生を伴う上下歯槽性前突となり、上下左右4番を抜歯して叢生の解消と前歯歯軸の改善を行うこととなった。上顎はナンスのホールディングアーチを加強固定とした。4ヶ月間レベリングと犬歯遠心移動を行い、その後前歯の舌側移動後1999-12-17アイディアルアーチとなり、2000-5-15マルチブラケット法を終了し保定に移行した。保定後、本人の希望で紹介元でのカリエスチェック等を行っため保定時資料は、4か月後の9-25に採得した。

第一期治療終了時


第一期治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:第一期治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:治療前、橙:第一期治療後)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

治療終了時




保定【保定装置の種類,使用状況,智歯の処理など】:
 上顎Begg、下顎Hawleyタイプのリテーナーを原則24時間使用を指示、協力状態は良好であった。半年経過後からは就寝中の使用とし2004年まで継続した。2005年からは保定装置は使用していないが、今のところ全く後戻りもなく経過良好である。上顎第三大臼歯は2001-11-29、2002-12-3に抜歯済みである。

治療後3年経過時




治療結果
 本症例は、骨成熟度が非常に低い段階から早期治療に取り組むことができた骨格性反対咬合である。約1年4か月の成長コントロールで、臼歯関係はアングルⅡ級関係までオーバーコレクションすることができた。初診時と第二期治療直前との比較では、SNA、SNB共に平均値となり顎顔面の成長発育はほぼ正常な軌道に乗せることができていた。ただ混合歯列期に生じた問題としては、自然消失しなかった幼児性嚥下癖、上顎臼歯部の正中からの位置関係に非対称がある点、歯と顎骨の大きさの不調和に起因するスペースディスクレパンシーなどであるが、それぞれ個別に適切な対処ができたと考えている。最終的には叢生と上下歯槽性前突を解消するため、小臼歯抜歯を必要とするマルチブラケット法で、上下前歯の舌側移動に伴い、上下唇点は共に大きく後方移動する結果となり、側貌プロファイルも大幅に改善した。

治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:治療後)


側面頭部エックス線規格写真(左:治療前、右:治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:第二期治療前、赤:第二期治療後)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

考察
 反対咬合は日本を含むアジア系人種にはよく見られる不正咬合で認知度は高いのであるが、就学前に発見し受診するケースは少ない。問診によると乳歯列期は切端咬合であったとのことだが、近隣歯科医師の指摘がなければ受診に至ったかどうか疑問である。本症例においてはすでに交換期に入っており、6番の萌出を待ってから治療を開始しているが、乳歯列期から早期治療した場合は、より重症なケースでも比較的短期間に成長を修正することができるので、3歳児検診におけるより適切なアドバイスを期待したい。
 本症例の場合、初診から保定に移行するまで、ほぼ10年を要しており治療期間は長かったが、治療のポイントとしては、やはり最初に行った成長のコントロールが最も重要であったと考えている。本症例を放置した場合、外科矯正が必要な骨格性下顎前突に進行する可能性も十分考えられる。上顎前方牽引が、歯槽性の前突を招いたとも考えられるが、通法で改善できる内容であるので、矯正歯科医による顎顔面の成長発育のコントロールは、外科矯正を回避する上できわめて重要であると考えられる。


取材協力:矯正歯科:洗足スクエア歯科医院(東京都目黒区洗足)
解説:小澤浩之 先生 (日本矯正歯科学会専門医)