印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |

 

より良い矯正治療の普及のために -Good Orthodontic Treatment Always-

日本矯正歯科専門医名鑑 
Japan Super Orthodontists
 

日本矯正歯科専門医名鑑制作委員会

 

 


WWW を検索 日本矯正歯科専門医名鑑を検索
 

日本矯正歯科学会専門医課題症例(第1症例)

カテゴリー:Class Ⅰmalocclusion
 
出題基準:
 大臼歯関係class Ⅰで、下顎A.L.D.が-7mm以上または上下顎前突症例。抜歯・非抜歯症例は問わないが、できれば抜歯症例が望ましい。
 
出題の意味:
 奥歯の位置関係には異常はないが(classⅠの意味)、配列に凸凹がみられるケース。ALDとはArch length Discrepancyの略で、凸凹の程度を示す数値。-7mm以上は、一般的な感覚から言ってかなり凸凹していると感じる状態。上下顎前突とは、上も下も前歯が外側に傾いている状態を言う。前歯が外側に傾くと配列は広がるので見かけ上の凸凹は減るという関係が成り立つ。要するに、奥歯はあまり悪い関係ではないが、凸凹がひどいか前歯の傾きが悪いケースを、できれば小臼歯抜歯をして隙間を作って、残った永久歯を再配列して正しい咬合を作ったケースを示せという課題である。

初診時




主訴:“前歯の凸凹をそろえて、口元の出っ張り感をなくしたい”

現病歴:配列の凸凹は中学生くらいから変わらないというが、上の前歯が年々出てきているような気がするとのことである。

家族歴:特記事項なし。

顔貌所見:わずかではあるが口元の前突感がある。正面から見ると左右対称であるが、口唇閉鎖時に顎の皮膚上にシワができ緊張感がみられるが(梅干し様の凸凹)、これ歯が外向きになっていて口が閉じにくい症状を持つ人の特徴である。

頭部X線規格写真所見:
側面(Skeletal PatternおよびDenture Pattern):上顎骨がやや小さい傾向が見られるものの、大体標準的で、骨格的には特に異常が認められない。上顎前歯はやや前突気味なのに対して、下顎前歯の角度は標準的だった。ただしEラインを基準として口唇の突出度を評価すると、下唇の突出度がより強かった。

その他の所見:
 口腔内の清掃状態は概して良好であったが、ブラッシング圧が高すぎるため、機械的刺激によると考えられる歯肉炎が認められた。上顎左側犬歯は根管治療済みであったが、根尖性歯周炎もなく矯正治療には問題なかった。上顎右側第一大臼歯は生活歯のまま歯冠補綴されていたが、補綴物の形態にきわめて問題があり矯正後の検討課題とした。

診断(プロブレムリスト):
 1 骨格的には正常、臼歯関係はアングルⅠ級の叢生症例。
 2 わずかな正中の不一致。
 3 軽度の上下歯槽性前突。

治療中


(左より:1か月目、4か月目、8か月目、16か月目)

治療方針:
 1 上下左右第一小臼歯を抜歯し、その空隙を利用してマルチブラケット装置による叢生の解消、および正中の補正を行う。
 2 前歯の唇側傾斜が著しい症例ではないので固定は中等度とし、上顎はナンスのホールディングアーチを加強固定とした。

治療経過と使用装置:
 ナンスのホールディングアーチをセット後、上下左右第一小臼歯を抜歯し、マルチブラケット法(スタンダードエッジワイズ)を開始、4か月経過後より犬歯遠心移動、ナンス撤去後、8か月目よりクロージングループを曲げ込み前歯の舌側移動を開始した。
 16か月目より最終調整を始め、18か月目にマルチブラケット法を終了し保定に移行した。

マルチブラケット終了時




保定【保定装置の種類,使用状況,智歯の処理など】:
 上顎Begg、下顎Hawleyタイプのリテーナーを最初の6ヶ月間、やむを得ない場合を除いて24時間使用を指示、協力状態は良好であった。7ヶ月目より就寝中のみ毎日使用とし、その後5年経過時に確認のための検査を行い、良好な状態であることを確認したが、本人の希望により就寝中の保定装置使用を継続中である。
 なお下顎第三大臼歯に関しては、動的処置中に抜歯している。

治療後5年経過時




治療結果
 まず配列の凸凹(叢生)に関しては抜歯空隙を利用して歯を再配列することができたので、問題なく改善できている。口元の突出感に関しては、計測値的には決して強い前突ではなかったが、本人の希望で口元をより引き締める治療目標としたため、上顎前歯は平均的な歯軸傾斜よりもやや舌側傾斜気味に仕上げる結果となったが、下顎前歯は十分な角度調整を行った結果、ほぼ平行移動的な移動を達成することができたので、歯軸傾斜は初診時よりもむしろ改善していた。その結果、術前は下唇ポイントが+2mm、上唇ポイントが0mmであったのに対して、術後は下唇ポイントが-3mm、上唇ポイント-2mmとなり、口元の突出感が大幅に改善した。
 全体的な後戻りに関してはきわめて軽度であるが、長期経過を観察するなかでは、上顎前歯の若干の唇側傾斜と、それに伴う口唇ラインの後戻りが認められる。

治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:治療後)


側面頭部エックス線規格写真(左:治療前、右:治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:治療前、赤:治療後、緑:5年経過時)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

考察
 症例としては典型的なアングルⅠ級叢生で特別な問題点はない。ただ本症例においては、配列のラインを整えるだけではなく、本人が主訴とする口元の突出感の解消が必要であった。上下顎の前歯歯軸は決して唇側傾斜が著しいわけではなかったが、たしかに口唇のポイントはEラインをオーバーしていた。このような場合、無理に最大の固定を行うと歯軸が極端に内側になり、口唇が内に入りすぎるおそれもある。本症例においては、当初臼歯のロスを抑えるため加強固定を行ったが、必要以上の前歯舌側移動を避けるため早めに加強固定の解除を行い、予定通り中程度の固定で仕上げることができた。
 また、本症例のような上顎側切歯の舌側転位がある場合、根尖の唇側移動が不十分だと後戻りを来しやすい。今回の治療では、最終ステージにおいて十分な時間をかけ、角度調整を行ったため保定中の後戻りがきわめて少なく抑えられていると考えている。

取材協力:矯正歯科:洗足スクエア歯科医院(東京都目黒区洗足)
解説:小澤浩之 先生(日本矯正歯科学会専門医)