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日本矯正歯科専門医名鑑 
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日本矯正歯科専門医名鑑制作委員会

 

 


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日本矯正歯科学会専門医課題症例(第7症例)

カテゴリー:開咬(overbiteがマイナスのもの)

出題基準:Overbiteがマイナスであることが必須。0mmは認めない。水平的開咬のみのケースは不可。

出題の意味:開咬とは奥歯がしっかり咬んでも(完全に閉じても)、前歯が上下的に重ならないケースを言う。Overbiteがマイナスというのは全然重なっていないということを示しており、マイナス方向に数字が大きくなるほど症状はきつくなる。つまり完全に閉じているのに、前歯の隙間から舌が見えるような状態と言うこと。この症状は、舌や唇の筋力や動かし方に原因があるので、歯を矯正するだけではだめで、舌や唇の動かし方を正常にしないと後戻りを起こしやすい。専門医の試験では、治療後2年以上経過した資料を添付して、経過が良好であることを証明しないといけないので、後戻りしやすいこのケースは難易度が高いといえる。舌や唇の動かし方をトレーニングするのは、医院スタッフ(主に筋機能訓練療法を担当する歯科衛生士)であるので、医療機関の総合力が問われる項目である。

初診時




初診時年齢:33歳11ヵ月の女性

主訴:前歯が開いていて咬めないことを主訴に来院した。

現病歴:小学5年生ごろから受け口が気になるが放置、高校生のときに検診にて外科的矯正治療を勧められたが放置していたとのことである。

家族歴:父方の祖母が反対咬合であったと聞いているが、すでに無歯顎であり確認できなかった。

顔貌所見:正貌では下顔面高の長いロングフェイスタイプであり、オトガイ部が右側にやや偏位し、両側眼瞼は下がっている。側貌では下顎角が開大し、オトガイ部が前突したconcaveタイプである。

口腔内所見:大臼歯関係は左右側共にⅢ級であり、オーバージェットは-2.6mm、オーバーバイトは-2.5mmであった。上下歯の咬合接触は、左右側共に上顎第一・第二大臼歯と下顎第二・第三大臼歯のみであった。また、上顎骨臼歯部口蓋側に骨の肥厚を認めた。上顎正中は顔面正中に一致しており、下顎正中は上顎正中に対して約1mm右に偏位していた。

模型分析:上顎においては歯列弓幅径が48.0mm、歯槽基底幅径が58.0mmで平均値より小さく、下顎においては歯列弓幅径が46.0mm、歯槽基底幅径が59.2mmで平均値より大きく、上顎に対して下顎の歯列弓幅径、歯槽基底幅径が相対的に大きいことが認められた。上顎において歯列弓長径は29.0mm、歯槽基底長径が21.0mm。下顎において歯列弓長径は26.0mm、歯槽基底長径が19.7mmであり、いずれも平均値より小さい。Dental discrepancyは上顎で-2mm, 下顎で-4mmであった。口腔内の清掃状況は良好であり、歯肉炎などは認められなかった。

頭部X線規格写真所見:
側面頭部X線所見では、骨格系においてfacial angleが91.5°と-2S.D.を超えて小さく、angle of convexityが-2.6°と-2S.D.、A-B plane angleが-1.4°、SNAが83.5°、ANBが0°、SNBは83.5°と+1S.D.を超えて大きいことより、下顎の前突を認める。また、mandibular plane angleが31.7°で1S.D.内であるのにGonial angleが134.8°と+2S.D.を超えて大きく下顎角が開大している。また、Kimの分析においてODIは58.7°、APDIが90.7°と著しい開咬傾向を示している。歯系ではU-1 to FHが97.4°と-2S.D.を超えて小さく、L1 to mandibular plane が71.1°と-3S.Dを超えて小さく上下顎前歯の著しい舌側傾斜が認められた。

その他の所見:上下中切歯間で最大開口量が47mmで、開閉口運動はスムーズでありクリック音も無く顎関節において特記事項は認められなかった。口腔悪習癖として、舌突出癖と低位舌を認めた。


診断(プロブレムリスト):
1. 骨格性反対咬合
2. 下顎骨の開大による開咬



治療中


治療に使用した装置
・マルチブラケット装置、3Dリンガルアーチ

治療方針:
(1)舌突出癖に対する口腔筋機能療法(MFT)
(2)下顎左右側第二大臼歯抜歯による臼歯部ディスクレパンシーの改善
(3) 3Dリンガルアーチによる下顎臼歯部幅径の修正
(4)エッジワイズ装置による、個々の歯の配列と上下歯列弓の緊密な咬合関係の確立

治療経過と使用装置:
2003年 3月 37・47番抜歯。口腔筋機能療法(MFT)開始。
2003年 6月 左右下顎臼歯部にみにエッジワイズ装置を装着。
2003年11月 上下顎にマルチブラケット装置を装着。
2006年11月 下顎の3Dリンガルアーチ装着。
2007年 3月 上下顎マルチブラケットを撤去し動的治療終了。保定期に移行。

マルチブラケット終了時




保定【保定装置の種類,使用状況,智歯の処理など】:
保定装置 上顎 ソフトタイプリテーナー  下顎 ベッグタイプリテーナー 
動的治療終了後3ヶ月間は1日中使用指示、その後2年間は就寝時のみ使用。その後は1週間に1度程度使用指示。
智歯の処置:18番を抜歯。28番は患者さん意向により保留。38・48番は機能咬合歯として残存。

治療後3年経過時




治療結果
全顎に及ぶ開咬は改善され、個々の歯の配列と臼歯Ⅰ級関係での機能的咬合が確立された。
前歯部のオーバージェットは-2.6mから1.8mmに、オーバーバイトは-2.5mmから1.5mmに改善した。
Mandibular plane angleにほとんど変化は見られなかった。L1-MPが71.1°から74.2°に変化し下顎切歯の舌側傾斜は僅かに改善が見られ、U1-FHは97.4°から104.1°と改善された。骨格系ではfacial angle、convexityは殆ど変化が認められなかった。A-B Planeが-1.4°から-5.4°にSNBは83.5°から80.7°に改善された。mandibular plane angleが31.7°から32.5°となり上顎は殆ど変化無く下顎は時計回りに僅かに回転しながら後退している。
Kimの分析においてODIは58.7°から62.4°、APDIは90.7°から84.1°と改善傾向を示している。

治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:治療後)


側面頭部エックス線規格写真(左:治療前、右:治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:治療前、赤:治療後)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

考察:本症例は骨格性反対咬合で臼歯関係はⅢ級であり、開咬は臼歯部のディスクレパンシーが原因で生じていると考えられたため、早期に下顎左右側第二大臼歯を抜歯した。上下顎第一大臼歯のI級関係を確立するために、下顎左右側第一・第三大臼歯間にBullのsectional archを用いて抜歯空隙の閉鎖を行なった。その後上下顎にマルチブラケット装置を装着して顎間ゴムを併用しながら機能的咬合の確立をはかった。結果として、オーバージェットは-2.6mmから+1.8mmに、オーバーバイトは-2.5mmから+1.5mmに改善し、患者が満足する結果を得ることになった。
 後戻りに対する対処としては、舌突出癖が強いため、垂直的な問題の後戻りが強く懸念されたため、MFTは長期にわたり継続して経過を観察することとした。また、下顎で第二大臼歯の抜歯を施行しているので、ベッグタイプリテーナーを使用し長期に亘り経過観察していく予定である。


取材協力:医)彰美会 吉本歯科医院(千葉市緑区おゆみ野中央)
解説:吉本彰宏 先生 (日本矯正歯科学会専門医)