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日本矯正歯科専門医名鑑 
Japan Super Orthodontists
 

日本矯正歯科専門医名鑑制作委員会

 

 


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日本矯正歯科学会専門医課題症例(第2症例) 

カテゴリー:Class Ⅱ division 1 (F.M.A.35度以上)
 
出題基準:大臼歯関係がclassⅡで、F.M.A35度以上、Overjet 6mm以上、U1-SN 110度以上は必須条件で、できればANB 6度以上が望ましい。ただし抜歯、非抜歯は問わない。
 
出題の意味:大臼歯関係がclass Ⅱというのは、上の奥歯が下の奥歯よりも前にズレていることを示す。出っ歯の人はたいていそういう噛み合わせになっている。つまり出っ歯の症状は前歯だけがズレているのではなく、多くの場合奥歯もズレている。FMAとは顎の角度を示す項目だが、通常は30度以内で、35度を超えるケースはハイアングルケースといって矯正歯科医泣かせである。overjetとは前歯の先端同士が水平的にどれだけ離れているかを示す項目。6mm以上だと、かなり上の前歯の先端が下より前に出ていると見ていい。U1-SNとは上の前歯の傾斜を示す項目で、110度以上だと相当外に傾斜している。ANBとは上下の顎の位置関係を示す数値で、通常は3度くらい。数値が大きいと上顎前突の傾向があり、逆に小さいと下顎前突の傾向がある。
 つまり、第2症例は出っ歯の症状の中でも最難関に難しいケースと考えることができる。イメージ的には笑うと上の前歯が相当前に出ているのが誰の目にも明らかで、しかも顎が後ろに下がって唇がすごく閉じにくそうなケースといえる。

初診時




主訴;“前歯の凸凹をそろえて、きれいな歯並びにしたい”

現病歴:9歳1か月時に、両親が上顎前突を心配して初診相談した経緯がある。明らかにアングルⅡ級1類の上顎前突であったので、ヘッドギヤが必要になるとの見通しを伝えたところ、本人に当時は治療意志が薄く保留となった。

家族歴:妹も骨格性上顎前突で矯正歴がある。担当医は私で上顎左右第一小臼歯を抜歯しマルチブラケット法にて治療した。治療は完了しており経過も良好である。

顔貌所見:著しい口元の前突感があり、口唇閉鎖時にはオトガイ部の緊張感が強い。左右対称であるが、正面からも強い口元の突出感が認められる。

頭部X線規格写真所見:
側面(Skeletal PatternおよびDenture Pattern):SNA,SNB共に標準的で、骨格的には特に異常が認められないが、下顎の成長方向がより下方に向かう傾向がありFMA 44.3とハイアングルをきたしていた。U1-SNは125ときわめて大きいのに対して、L1-mdはむしろ小さくoverjetが悪化する形の歯軸傾斜となっていた。唇側傾斜している上顎前歯の影響を受けて口唇が全体に突出しており、Eラインを基準として口唇の突出度を評価すると、上唇で5mm、下唇で7mmオーバーしていた。

その他の所見:
 症状からみて幼児性嚥下癖、親指しゃぶりの既往歴を疑ったがいずれも確認できなかった。口腔内の清掃状態は良好でカリエスも少ないが、きわめて重篤な叢生のため全体的に軽度の歯肉炎がみられる。初診相談時に比べ治療にも積極的で、ヘッドギヤ使用も可能と判断した。診断時には舌癖は認められなかったが、overbiteが小さくハイアングルケースであるので治療上バイトがさらに浅くなると舌癖を生じる可能性があるので、細心の注意を払うこととした。

診断(プロブレムリスト):
 1 骨格的には正常、アングルⅡ級1類ハイアングル症例。
 2 正中の不一致。
 3 著しいスペースディスクレパンシー
 4. 狭窄歯列弓

治療中


(左:上顎拡大装置、右:下顎拡大装置)

(左より:10か月目、16か月目、23か月目)

治療方針:
 1 歯列弓拡大、抜歯空隙を利用してマルチブラケット装置による前歯歯軸の改善、叢生の解消、および正中の補正を行う。
 2 拡大と抜歯によって得られるスペースは、限界に近いため上顎臼歯は最大の固定とするためヘッドギヤを加強固定とする。上顎の拡大は通常のポーター型拡大装置とするが、下顎に関しても拡大が必要なため、より積極的な方策として舌側に固定式拡大装置を用いる。

治療経過と使用装置:
 まず最初に上下顎に拡大装置を装着し、4か月拡大を行い途中でインナーボウを拡大したヘッドギヤを追加装着しさらに6か月歯列弓の拡大を継続した。その結果、上顎12mm、下顎6mm拡大できたので、上顎はパラータルバーに換装して幅径を維持し、続いて上顎左右4番、下顎左右5番を抜歯し、マルチブラケット法に移行した。6ヶ月間、レベリングと犬歯遠心移動を行い、5ヶ月間前歯部後方移動後、さらに2ヶ月間細部の仕上げを行い、マルチブラケット法を終了した。

マルチブラケット終了時




保定【保定装置の種類,使用状況,智歯の処理など】:
 上顎Begg、下顎Hawleyタイプのリテーナーを最初の6ヶ月間、やむを得ない場合を除いて24時間使用を指示、協力状態は良好であった。保定時に撮影したX線写真から上下左右の第三大臼歯の萌出状況が悪く、保定に悪影響が出ることが懸念された。したがって早期の抜歯を勧め、すべての第三大臼歯を抜歯した。7ヶ月目より就寝中のみ毎日使用とし、その後、経過確認ための検査を行い、良好な状態であることを確認したが、本人の希望により就寝中の保定装置使用を継続中である。

治療後2年経過時




治療結果
 本症例を、仮に歯列弓拡大をせずに小臼歯抜歯のみで得られた空隙を使って治療した場合、上下顎とも小臼歯抜歯で得られる空隙は上顎17mm、下顎14mmで、前歯歯軸を維持した形で叢生を改善することも困難な状態であった。今回、マルチブラケット法を開始する前に、上下とも十分な拡大を行うことができたため、結果として上顎前歯は約15度舌側へ入れることができた。ヘッドギヤの使用状況がよく、上顎は最大の固定が確保できたことに加え、下顎歯列は拡大により十分なスペースが得られたことから、臼歯を近心に移動できたことに加え、下顎の前下方への成長に助けられ大臼歯のアングルⅠ級関係も確立することができた。

治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:治療後)


側面頭部エックス線規格写真(左:治療前、右:治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:治療前、赤:治療後、緑:2年経過時)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

考察
 本症例のように著しい叢生を伴う場合、抜歯空隙をより大きく確保する目的で第一大臼歯抜歯を選択する場合もあるが、この場合第二大臼歯の固定の確保に困難が伴い、それが不十分となるとせっかくの抜歯空隙を有効に利用できなくなる恐れもある。結果として前歯の舌側移動に使える有効な空隙が、どれだけ確保できるかという観点で見ると、小臼歯抜歯と側方拡大の方が安全確実な症例も少なくない。ただ、いずれにしてもこのような症例は上顎の最大の固定がポイントとなるので、ヘッドギヤの使用が期待できない場合はインプラントによる固定も有効かもしれない。
 本症例において、一つ気になる点としては第二大臼歯の咬合の不備があげられるのであるが、治療の後半第二大臼歯のコントロールが思うようにならなかった。保定時に撮影したX線写真から第二大臼歯の歯根に、第三大臼歯が重なっていることで移動を妨害していたことが推察されたが、マルチブラケット装着中に第三大臼歯の抜歯を勧めていれば、より完全な臼歯関係が確立できたのかもしれないと考えている。

取材協力:矯正歯科:洗足スクエア歯科医院(東京都目黒区洗足)
解説:小澤浩之 先生(日本矯正歯科学会専門医)