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より良い矯正治療の普及のために -Good Orthodontic Treatment Always-

日本矯正歯科専門医名鑑 
Japan Super Orthodontists
 

日本矯正歯科専門医名鑑制作委員会

 

 


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日本矯正歯科学会専門医課題症例(第6症例) 

 
カテゴリー:Class Ⅲ (抜歯症例)
 
出題基準:大臼歯関係がclass Ⅲで、少なくとも前歯部が反対咬合または切端咬合で、ANB 0度以下が望ましい。条件は第5症例と同じだが、こちらは抜歯して治療して良い。
 
出題の意味:上の前歯が内側に倒れている、あるいは下の前歯が外に傾いていることが原因で反対咬合になっているケースを、抜歯して隙間を作って治して良いというのは、ごく日常的に行われる治療である。定番のケースをどこまで緻密に治せるかが評価の対象になる課題と考えられる。
 

初診時




主訴:“前歯の噛み合わせが逆なので上の歯が外側にくるようにして、凸凹も平らにしてほしい”

現病歴:本人、ご両親の話によると乳歯の頃は反対咬合ではなかったという。前歯が永久歯に交換したときには、反対咬合なっていて中学くらいでより悪化したように感じているという。

家族歴:特記事項はない。

顔貌所見:側面タイプはコンケーブタイプで、オトガイ部の突出感がある。上下唇は共にEラインをオーバーしているが、下唇点の突出度が大きい。 正面像は、ほぼ左右対称で特記事項はない。

頭部X線規格写真所見:
側面(Skeletal PatternおよびDenture Pattern):SNAは79.2で標準よりもやや小さく、SNBは81.6とやや大きく、ANBはー2.4とあまり大きなズレはみられないが、ウイッツの評価がー13.7mmとマイナス方向に大きく、咬合平面を基準としてみると上下の顎間関係は明らかに骨格性反対咬合であった。上顎前歯歯軸は平均的であるが、下顎前歯はかなり舌側傾斜しており、デンタルコンペンセーションもみられた。Eラインを基準として口唇の突出度を評価すると、上唇で+2mm、下唇で+3mmで、側面の軟組織プロファイルは前歯の咬合状態をそのまま反映していた。正面像には特に異常は認められなかった。

*ウイッツの評価(Wits appraisal)とは
 1975年、南アフリカのA.Jacobsonによって提唱された上下顎の相対的な位置関係の評価方法。ミリメートル表示。上下顎の前後的関係を表すのに、側面セファログラム上でA点(上顎歯槽基底の前方限界点)およびB点(下顎歯槽基底の前方限界点)それぞれから咬合平面上に垂線を下ろし、それぞれの交点AOおよびBO間の距離(ウイッツ値)を計測する。BOが前方にある場合はマイナス表示とする。この方法は、上下歯列の共通した基準平面、すなわち咬合平面を用いることによって、ANB角のように鼻前頭縫合部の位置に影響を受けることなく、またたとえ下顎の回転を伴う場合でも上下顎の位置関係を相互に直接関連付けて捉えることができるので、頭蓋との位置的関係の影響を受けずに直接顎間関係を評価できる利点がある。Jacobsonは、正常咬合の基準値として男子は-1.0、女子は0mmを示した。"Wits"は、提唱者Jacobsonの在籍したWitwatersrand大学の略。

その他の所見:
 上顎左側犬歯は低位唇側転位している。下顎を最後退位に誘導すると、切端咬合位をとることができる。口腔内の清掃状態は良好で本人の治療に対する意識は高い。

診断(プロブレムリスト):
 1 前歯部反対咬合を伴う軽度の骨格性下顎前突、アングルⅢ級叢生症例。
 2. 下顎過成長

治療中


治療に使用した装置
・マルチブラケット装置のみ

治療方針:
 1 上顎前歯歯軸は現状維持とし、抜歯スペースを利用し叢生の改善と正中の補正を図る。
 2 下顎前歯は抜歯スペースを利用して舌側移動を図る。
 3 上顎の臼歯は中程度の固定、下顎は最大の固定としⅠ級の臼歯関係を確立する。

治療経過と使用装置:
 まず最初に上顎左右5番、下顎左右4番を抜歯した後、マルチブラケット装置にてレベリングを開始した。上顎は正中補正を行いつつ犬歯と第一小臼歯を遠心移動、下顎は犬歯の遠心移動を行い、12か月後、角ワイヤー(.016”x.022”ステンレススチール)にて、上顎は臼歯の近心移動、下顎は前歯の舌側移動を開始し、19か月後アイディアルアーチとなり、21か月後マルチブラケット法を終了し保定に移行した。

マルチブラケット終了時




保定【保定装置の種類,使用状況,智歯の処理など】:
 上顎Begg、下顎Hawleyタイプのリテーナーを原則24時間使用を指示、協力状態は良好である。現在治療後2年11か月を経過しているが今のところ全く後戻りもなく経過良好である。6か月経過後からは半日使用に移行し、一年経過後からは就寝中のみ使用している。
 第三大臼歯に関しては、特に問題ないと判断し今のところ抜歯予定はない。

治療後3年経過時




治療結果:
 本症例は、軽度とはいえ下顎過成長による骨格性下顎前突症であることは明らかである。しかも成人症例であり、矯正で顎骨の大きさと形があまり変化させられない以上、上下の前歯歯軸の変化で症状の改善を図ることになった。したがってU1-SNは110.0と平均値より少し大きい程度に収まったが、下顎前歯歯軸は74.2と平均値よりもかなり小さくなった。下顎前歯の舌側移動に伴い、下顎正中縫合部の形態も、わずかに舌側へ傾斜する結果となった。前歯の移動に伴い、上下唇点は共に後方移動する結果となり、側貌プロファイルも改善した。

治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:治療後)


側面頭部エックス線規格写真(左:治療前、右:治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:治療前、赤:治療後)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

考察:
 本症例は骨格性下顎前突症であるので、本人の主訴次第では外科矯正となることも十分考えられたのであるが、顔の外形に対する希望はなく、前歯部の被蓋関係と叢生の改善のみの希望だったため非外科での治療となった。ただし上下顎ともスペースディスクレパンシーがみられるため被蓋改善、個性正常咬合の確立のため小臼歯抜歯での治療となった。
 下顎に関しては抜歯したスペースを有効利用することにより、容易に下顎前歯部の舌側移動ができたため、Ⅲ級ゴムを併用せずに治療することができた。角ワイヤーに十分なクラウンラビアルトルクをかけつつ舌側移動を行ったことでより歯体移動に近い舌側移動ができたと考えている。それでも標準的な傾斜に比べて2SD以上舌側に傾き過ぎとなっているが、臼歯部のⅠ級関係は確立され、正中も一致し、叢生は解消されプロファイルも良好な変化を得ることができたので、個性正常咬合の確立という目的は果たされたと考えている。


取材協力:矯正歯科:洗足スクエア歯科医院(東京都目黒区洗足)
解説:小澤浩之 先生(日本矯正歯科学会専門医)