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日本矯正歯科専門医名鑑 
Japan Super Orthodontists
 

日本矯正歯科専門医名鑑制作委員会

 

 


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日本矯正歯科学会専門医課題症例(第3症例) 

 
カテゴリー:Class Ⅱ division 1(抜歯症例)
 
出題基準:
 大臼歯関係がclassⅡ、overjet 6mm以上、U1-SN 110度以上、ANB 6度以上が望ましいという条件は第二症例と同じ。FMAの条件がはずれた代わりに、抜歯ケースとして治療することを必須とする。
 
出題の意味:
 第2症例に比べると多少条件が緩和された平均的な出っ歯のケース。通常は抜歯して治すことが多いので、付帯条件としても難しさはない。矯正歯科医が日常的に良く遭遇しているケースといえる。第1症例と出題の意図としては同じで、おそらく日常的なケースとして、仕上がりの緻密性を評価する課題と考えられる。

初診時




主訴:“上下とも前歯の凸凹をそろえて、きれいな歯並びにしたい”

現病歴:特記事項はない

家族歴:アンケートの回答によると姉も似たような症状(八重歯)とのことだが、矯正歴はなかった。

顔貌所見:口元に軽度の前突感があるが、口唇閉鎖時におけるオトガイ部の緊張感はすくない。正貌的にはほぼ左右対称であるが、左上口唇がややふくらんだ印象がある。

頭部X線規格写真所見:
側面(Skeletal PatternおよびDenture Pattern):SNA、SNB共に標準的で、骨格的には特に異常が認められないが、U1-SNは118と大きいのに対して、L1-mdはむしろ小さくoverjetが悪化する形の歯軸傾斜となっていた。唇側傾斜している上顎前歯の影響を受けて口唇が全体にやや突出しており、Eラインを基準として口唇の突出度を評価すると、上唇で1mm、下唇で1mmオーバーしていた。

その他の所見:症状からみて親指しゃぶりの既往歴を疑ったが確認できなかった。口腔内の清掃状態は良好でカリエスも少ない。治療への積極度も高いが仕事で帰宅時間が遅いとのことで、ヘッドギヤの長時間使用は難しいと判断した。

診断(プロブレムリスト):
 1 骨格的には正常、アングルⅡ級1類 叢生症例。
 2 正中の不一致。
 3 上下ともに左側のスペースディスクレパンシーが著しい
 4. 仮想正中線に対して上下ともに左側臼歯が右側よりも3mm近心に位置している。

治療中


(左より:5か月目、12か月目、15か月目、24か月目)

治療方針:
 1 上顎左側大臼歯の遠心移動によりマルチブラケット開始前に上顎大臼歯の位置を左右対称にする。
 2 上顎臼歯は最大の固定が望ましいが、ヘッドギヤの使用時間が短くなることが予想されるので、ナンスのホールディングアーチを併用する。
 3 上下左右の第一小臼歯の抜歯空隙を利用して叢生、正中不一致、前歯歯軸の改善を図る。

治療経過と使用装置:
 まず最初に上顎左側大臼歯の遠心移動を行うため、右側6番、4番、左側4番の三歯を固定とするリンガルアーチを装着した。上下左右第三大臼歯抜歯後、上顎左側にセクショナルアーチをセットし、4か月間、左側7番および6番の遠心移動を行った(途中でヘッドギヤを追加装着し就寝中の使用を最後まで継続した)。その後ナンスのホールディングアーチにて固定した後、上下左右4番を抜歯しマルチブラケット法を開始した。9ヶ月間、レベリングと犬歯遠心移動を行い、3ヶ月間前歯部後方移動後(Ⅱ級ゴムを併用)、さらに9ヶ月間細部の仕上げを行い、マルチブラケット法を終了した。

マルチブラケット終了時




保定【保定装置の種類,使用状況,智歯の処理など】:
 上顎Begg、下顎Hawleyタイプのリテーナーを最初の6ヶ月間、やむを得ない場合を除いて24時間使用を指示、協力状態は良好であった。7ヶ月目より就寝中のみ毎日使用とし、その後、2000-9-5経過確認ための検査を行い、良好な状態であることを確認したが、本人の希望により就寝中の保定装置使用を継続中である。

治療後2年経過時




治療結果:
 抜歯前の第一小臼歯を固定源に、上顎左側大臼歯を元の位置に復元し、そこから左右対称的にマルチブラケット法で歯を移動させる方法を採用した症例である。結果としてより近心に位置していた大臼歯に対しては最大の固定で終了したことになっているが、マルチブラケット開始時からの位置から判断すると、左右とも中等度の固定で治療が行われたことになる。このように初診時に大臼歯の位置関係に左右差がある場合、マルチブラケット法適用時に補正していくことももちろん可能ではあるが、一度左右差をなくしてから治療する方がメカニズム的に確実度が高くなると思われる。大臼歯の遠心移動に6か月ほど費やしているため、治療期間が長くなった感は否定できないが、スペースディスクレパンシーの改善、十分な上顎前歯の舌側移動、正中補正にきわめて有利な環境ができたと考えられる。

治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:治療後)


側面頭部エックス線規格写真(左:治療前、右:治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:治療前、赤:治療後、緑:2年経過時)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

考察
 本症例を、仮に上顎左側大臼歯部の遠心移動をせずに小臼歯抜歯のみで得られた空隙を使って治療した場合、マルチブラケット法適用時に、上顎左側大臼歯を全く近心にロスさせることなく治療を終えるのはきわめて難しい。したがって一度右側大臼歯と同等の位置まで戻してから左右対称の移動メカニズムでマルチブラケット法を適用した方が、より確実な治療になると考えられる。今回、マルチブラケット法を開始する前に、十分な上顎左側大臼歯の遠心移動を行うことができたため、結果として上顎前歯は約21.6度舌側へ入れることができたうえで、正中線の一致およびアングルⅠ級関係の確立を達成することができた。ヘッドギヤの協力状態はよかったが、生活上使用時間は就寝中に限られ、左側上顎大臼歯が仮に初診時の位置から中程度の固定に陥ってしまった場合、左右の対称性を確保するために右側臼歯は最小の固定を強いられることになり、それでは十分な歯軸の改善や正中の一致が行えなくなる可能性もあると考えられる。ただ当時はまだインプラントによる固定が一般的ではなかったため、このような方法を採用しているが、今後はインプラントによる固定源の強化も有効かもしれない。

取材協力:矯正歯科:洗足スクエア歯科医院(東京都目黒区洗足)
解説:小澤浩之 先生(日本矯正歯科学会専門医)