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日本矯正歯科専門医名鑑 
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日本矯正歯科専門医名鑑制作委員会

 

 


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日本矯正歯科学会専門医課題症例(第4症例) 

 
カテゴリー:ClassⅡ division 2 malocclusion (Overbite 5mm以上; 抜歯症例) 

出題基準:大臼歯関係がclass Ⅱで、上顎中切歯1本を含む2本以上が舌側傾斜(U1-SN 90度以下)、犬歯関係もclass Ⅱであること。ただし、日本人では症例が少ないことを考慮して、U1-SN 100度以下のclass Ⅱ過蓋咬合も認める。抜歯・非抜歯は問わない。
 
出題の意味:このケースの条件は一般の人には理解しにくいところがある。通常出っ歯というと上の前歯が外に向かっていることを想像するのが普通であるが、U1-SNが90度以下というのは、上の前歯は内側に傾いていることを示している。なんで??。つまりこれは骨格性上顎前突と考えられるもので、上顎が歯並びごと全体が前へ出ていて、それだと上下の前歯があまりにも離れてしまうため、上の前歯が内側に倒れて下の前歯と何とか接触しようとしている状態と考えられる。
 しかし、出題基準にも書いてあるように、このケースは欧米の白人によく見られるケースで、東洋人にはきわめて稀である。そこで類似ケースとして過蓋咬合(かがいこうごう)のケースを代替えとして認めるという配慮をしている。過蓋咬合とは非常に強く深く咬んでいる状態を言う。Overbiteとは前歯の垂直的な重なり具合を示す数値で、5mm以上だと上の前歯が下の前歯をほとんど覆い尽くしている感じになるので、前から見ると下の前歯はほとんど見えない状態になる。こういう状態が典型的な過蓋咬合である。典型的なclassⅡ,division 2のケースは過蓋咬合を合併している。
 これも受験者にとっては難題のケースである。そもそもケースが見つからないのと、あったとしても治療の難易度が高いので、なかなか審査基準をクリアできない。第2症例以上に難しい課題といえる。
 

初診時




主訴:“配列が悪くうまく歯ブラシができない。上下とも前歯の凸凹をそろえて、きれな歯並びにしたい”

現病歴:上顎右側切歯が完全に舌側転位しているため、犬歯の舌側と側切歯唇側の歯肉の状態が非常に悪くポケットも深かった(3.5mm)。印象や歯ブラシ指導などの軽度の刺激で出血してくる状態であった。

家族歴:アンケートの回答によると父親も叢生とのことである。

顔貌所見:口元の前突感は少なく側貌タイプはストレートである。口唇閉鎖時にごく軽度だがオトガイ部の緊張感がみられる。正面像はほぼ左右対称であるが、右上口唇がややふくらんだ印象がある。

頭部X線規格写真所見:
側面(Skeletal PatternおよびDenture Pattern):SNA,SNB共に標準的で、骨格的には特に異常が認められないが、U1-SNは97.5、L1-mdは83.2と共に小さいため、overjetが小さく過蓋咬合をきたしやすい歯軸関係になっていた。Eラインを基準として口唇の突出度を評価すると、上唇で-2mm、下唇で0.5mmオーバーしていた。

その他の所見:口腔内の清掃状態は比較的良好でカリエスも少ないが、歯肉炎が所々に散見される。通常のブラッシングではプラークが取り切れていない部分が相当数ある模様だった。過蓋咬合であるため早期接触による顎の変位を疑ったが、特に認められず、咬耗も比較的少なかった。

診断(プロブレムリスト):
 1 骨格的には正常、過蓋咬合を伴うアングルⅡ級2類 叢生症例。
 2 正中の不一致。
 3 上下ともにスペース不足が著しい。
 4. ブラッシング不良による歯肉炎。

治療中


治療に使用した装置(左から)
・マルチブラケット装置・ナンスのホールディングアーチ・ヘッドギヤ

治療方針:
 1 上顎臼歯は最大の固定が望ましいが、ヘッドギヤの使用時間の不足が予想されるので、ナンスのホールディングアーチを併用する。
 2 下顎臼歯は中等度の固定とし、大臼歯関係をアングルⅠ級とする。
 3 上下左右第一小臼歯を抜歯して叢生、正中不一致の改善を図る。
 4 上下前歯を圧下し咬合挙上(噛み合わせを浅くする)を図る。

治療経過と使用装置:
 まず最初に上顎大臼歯の加強固定を行うため、ナンスのホールディングアーチをセット後、上下左右4番を抜歯し、マルチブラケット法を開始した(ただし過蓋咬合のため下顎前歯部にはブラケットは装着しなかった)。レベリング後、下顎前歯にブラケットを追加し、ヘッドギヤも開始した。下顎前歯部は咬合挙上の進行に伴い、数回ブラケットの位置の変更を行った。12か月後アイディアルアーチとなり18か月でマルチブラケット法を終了した。上顎右側切歯に関しては、レベリング後も歯肉炎の状態が続き、通常のブラッシング指導では改善しなかったため、SRP(歯科医師による根面清掃と平坦化の手術のこと)およびNdYagレーザー照射によるポケット内殺菌を数度行い軽快させることができた。

マルチブラケット終了時




保定【保定装置の種類,使用状況,智歯の処理など】:
 上顎Begg、下顎Hawleyタイプのリテーナーを最初の6ヶ月間、やむを得ない場合を除いて24時間使用を指示、協力状態は良好であった。一年目より半日使用を勧めたが、その後も本人の希望で24時間使用した。保定開始3年後、経過確認ための検査を行い、良好な状態であることを確認したが、オーバーバイトの増加傾向があるため、現在はバイトプレートタイプのリテーナーを就寝中継続している。上顎第3大臼歯は動的治療期間中に抜歯し、右下第三大臼歯は保定後すぐに抜歯したが、左下8番の抜歯は本人の希望で保留となっている。

治療後3年経過時




治療結果:
 本症例はスペースディスクレパンシーの程度が厳しく、抜歯空隙はほとんど叢生の改善に使われる状態であったが、歯軸が元々舌側傾斜気味なので、上顎大臼歯が最大限固定できれば症状の改善は比較的容易である。結果的に上顎大臼歯は最大の固定となり、近心移動はほとんどみられなかった。下顎は2mmほど近心移動し、Ⅰ級関係を確立することができた。咬合挙上に関しては、計画では上下前歯の圧下であったが、結果的には下顎臼歯の挺出により下顎下縁平面角が開大することによりオーバーバイトが減少していた。
 軟組織については、元々ストレートタイプであったのでセファログラムでみる変化は少ないが、唇側傾斜していた上顎右側犬歯の位置が改善したため、口元の緊張感は消失しより自然なプロファイルが獲得できた。

治療前後の比較


パノラマエックス線写真(左:治療前、右:治療後)


側面頭部エックス線規格写真(左:治療前、右:治療後)


透視図の重ね合わせ(黒:治療前、赤:治療後、緑:2年経過時)

左:側面頭部エックス線規格写真の重ね合わせ
中:上顎骨上の重ね合わせ
右:下顎骨上の重ね合わせ

考察:
 本症例は、激しいスペース不足と、正中の不一致がみられるものの、小臼歯抜歯によりスペースが確保できて、大臼歯の固定が十分であれば叢生の解消そのものは比較的易しいと考えられる。問題は咬合挙上をいかに達成するかという点にあると思われる。成人の場合、治療の結果下顎下縁平面角が一時的に大きくなっても、保定中に徐々に後戻りすることがあるため、本症例においても計画としては上下前歯の圧下によりオーバーバイトを減少させる予定であったが、治療中の前歯部を圧下させようとする矯正力が、臼歯部の挺出を招く結果となり、今回の場合特に下顎臼歯部の挺出が顕著だった。この結果、下顎下縁平面が元に戻ろうとする傾向が生じ、徐々にオーバーバイトが増加する傾向がみられている。Jフック等を用い、顎外力を直接上顎前歯にかけて、より積極的に上顎前歯の圧下をするべきだったかもしれないと考えている。幸いにも本人がリテーナーを非常に積極的に使っているため、オーバーバイトの増加に伴う叢生の後戻りは生じていないが、今後も引き続き注意深く経過観察する予定である。


取材協力:矯正歯科:洗足スクエア歯科医院(東京都目黒区洗足)
解説:小澤浩之 先生(日本矯正歯科学会専門医)